慶応

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

慶応(けいおう、旧字体: 慶應)は、日本元号の一つ。元治の後、明治の前。1865年から1868年までの期間。この時代の天皇孝明天皇明治天皇江戸幕府将軍徳川家茂徳川慶喜

日本での「一世一元の詔」発布以前では最後の元号である。

改元

江戸時代最後の改元。3月17日、朝廷から京都所司代松平定敬に対して「乾永・文隆・大暦・万徳・慶応・明定・天政」の7案が伝えられ、定敬は幕府に報告したが、将軍・徳川家茂が朝廷に対して「何以被採用所存無之候」「叡慮之通慶応可然被存候」と述べて改元については孝明天皇の意向に全て従うという意見書を出し、改元当日の御所での儀式を諸藩代表に公開するなど、江戸幕府創設以来幕府が奏上してきた改元制度が終焉したことを示すものとなった[1]

出典

文選』の「(まさ)に輝くべし」より。

慶応年間の出来事

誕生

死去

西暦との対照表

慶応 元年 2年 3年 4年
西暦 1865年 1866年 1867年 1868年

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 久保貴子「改元にみる朝幕関係」『近世の朝廷運営-朝幕関係の展開-』(岩田書院1998年ISBN 4-87294-115-2 P289-290